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2006年09月の記事

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2006年09月29日 募金額ご報告

 先日、「拉致救出」募金箱を回収させて頂きました。
各店舗毎の募金額をご報告させて頂きます。

   どんどん様     4,610円
   らんらん様     4,393円
   ちちょに街道様  1,146円
   メンDO様     3,125円

 募金を頂いた皆様 有難う御座いました。
 募金箱を設置させて頂いた店舗様 有難う御座いました。

上記の店舗様は引き続き募金箱を設置して頂くことになりました。
今後とも、よろしくお願いします。

なお、募金に関しては10月の街頭活動と合わせまして、
「家族会」に振り込む予定をしております。

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2006年09月28日 10・28仁徳天皇陵清掃奉仕

第三回目になりました。仁徳御陵の清掃奉仕が今年も行われます。

日時:平成18年10月28日(土)9時から11時まで
場所:仁徳天皇陵
活動内容:お堀周辺のゴミ拾い
集合:8:50正面鳥居前
主催:仁徳御陵奉賛会
清掃者は70歳以下で、事前に宮内庁に名簿を提出した者に限られます。
名簿提出のため、申し込みは9月末日で締め切らせていただきます。
お問い合わせ&申し込み:072-230-0707 仁徳御陵奉賛会役員 市ノ沢まで
メール:shingonokai@yahoo.co.jp

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2006年09月27日 【既得権】が『自由な芸術』を蝕んでいる・・・。

【当会幹事投稿コラム】

opera001.jpg


 私は数年前まであるオペラ作曲家の研究団体に所属して、
その作品の研究・上演・啓蒙活動の末席に座らせて頂いた。
全世界に数多ある研究団体「~協会」のうち、
我が日本の「~協会」は世界でもトップレベルの研究成果とオペラ上演レベルを誇り
本国の研究家・音楽家を驚嘆させている。
その誇りを胸に積極的に活動に従事させて頂いていたのだが、
ある時何とも言えない『閉塞感』と『虚脱感』に苛まれて【退会】したのだった。

 組織が巨大化すれば様々な問題が表面化するのは組織の「宿命」である。
この「協会」もこの「宿命」に晒されていたのだが、
組織運営にあたっている事務局や理事会はこの問題を適切に処理する能力が欠如していた・・・。
と云うよりは「作為的」に動かなかったようだ。
特に人事関係は独善的不透明さで、驚くべきことに「総会」は一度も開催されたことはない。
しかも会員の議決権も認められていないのだった。
 事務局に問い合わせると「法人ではなく任意団体だから義務はない」と言っているのだが、
私はその精神を疑ってしまった。
会員の年会費で運営されている以上は会員にも運営状況を公開する責務があると云う
『良識』が完全に欠如している『官僚的思考』なのである。
まあ実際は肩書き持ちのお偉いさんが趣味自慢で運営しているのが実態のような『俗物の群れ』だ。
しかもある理事は私に「どうせなら『宗教法人』にすれば免税だからそうしようか?
と理事会で真剣に協議した」と。
それ聞いた時は驚くと云うよりは呆れ果ててしまった。

 歴代総理大臣経験者が「顧問」を勤め、理事会は一流大学の教授陣が独占しており、
そこに財界人が自らの「趣味」を持ち込んで来て「金」を見せて座り込んでいる状況は
実に奇妙奇天烈なものだった。
しかもある総理大臣経験者は自らの趣味嗜好のため『公金』を某音楽財団へ
「私的流用」したのではないか?と云う『疑惑』が某週刊誌にスクープされていた。
この「協会」ではなかったものの、私の中でこの「協会」も怪しいのではと云う「猜疑心」が育っていった。
何故なら運営が余りにも『閉鎖的』過ぎるからだ。
 
 約1000名の会員数を誇り、本国音楽祭入場券の協会員優遇制度、研究出版物も充実していて、
作品上演や公演の出演者にも多大な影響を及ぼす等、一種の『圧力団体』となってしまっている。
高名?な「協会員評論家」がオペラ上演を批評することに、
演奏家・出演者がある種の『恐怖心』を常に抱いている。
しかも本国音楽祭へは、高名?な「協会員評論家」の一部が毎年鑑賞に出掛けている。
私から見れば不公平の何ものでもなかった。
しかも研究学者が自らの研究論文などを争うように発表して『出版利権』を得ようとして協会を利用していた。
ある古参の会員は
「この協会は協会員の研究学者が、本を出版するために一般協会員の納める年会費を流用しているという『噂』がある」と教えてくれた。

 現在私はこの「協会」は一体何なのかと云う疑問が脳裏にこびり付いて残っている。
音楽や芸術をこよなく愛し、その素晴らしさをあらゆる人々に伝えて行きたいと願って、
【退会後】も目立たず独自にオペラ作品の啓蒙活動を続けているのだが、
この音楽界に蔓延している【既得権】と云う【障壁】は余りにも分厚く硬い。

 最後に私が敬愛している作曲家が後世に残した言葉を以下に紹介したい。

    ≪かつてギリシアの芸術作品が、ある優れた自由な国民の精神を捕らえたのだから、
     【未来の芸術】は国籍を越えて自由な人々の精神を捕らえることだろう。
     その時「国家」は単なる飾りであってもいいし、
     「個人」の多様性を刺激するものであってもいいが、
     【障壁】であってはならないのだ・・・≫

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2006年09月24日 川柳募集!

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▼伊藤園の「おーいお茶」を飲んでいると「新俳句」なるものが印刷されている。
おもしろいので、2、3句つくってみた。
新俳句は季語がないので、どちらかと言えば川柳のようなものである。

     『韓国も とどのつまりは 南鮮だ』
       韓国もやる事為す事、北朝鮮と同じ。
       これからは「韓国」ではなく「南朝鮮」と呼ぼう!

     『牛丼を 売っているのは ベジタリアン』
       一日も早い吉●家の牛丼復活を望む。
       この際、「脳みそのフライ」と「髄の煮込み」もトッピングしちゃえ。
       何せ、あそこが一番美味い。

▼という訳で、
伊藤園さんには出品できない政治ネタ等の川柳の作品募集!

特段、締め切りはありませんが、
  【投稿ルール】
   ☆川柳ですので季語は関係なし。
   ☆多少「字余り」「字足らず」でもOK。
  【投稿方法当】
   当会へメールをして下さい。
   出来ましたら、短いコメントをお願いします。
  【賞金・賞品】
   考え中。

*なお、優秀作品は当会ブログ、「青旗新聞」(当会会報)に掲載させて頂きます。
 

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2006年09月21日 粗食のすすめレシピ集

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【当会東京支部長 投稿REVIEW】
   年代:平成11年
   出版:東洋経済新報社
   著者:幕内 秀夫, 検見崎 聡美

    「身土不二」
    「人と土は一体である」
    「人の命と健康はその土と共にある。」

この言葉、勤め先の健康診断の際、医者に言われた言葉です。

 皆さんにこの本を是非読んで貰いたい。
現代人の食生活を真っ向から否定しています。

 当たり前の言葉が書かれてます。
そしてその言葉に何も言い返せなかった自らの食生活を反省します。
日本人にとっての当たり前な食事を取り戻せる本がここにあります。

【中身】
単なるご飯と味噌汁のレシピです。
その単純な食事、皆さんはどれだけ食べられていますか?

     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

「自分が生まれた場所から半径5里(?)以内で採れた物で衣食住を賄えば、
めったな事で病気にならない」を思い出した。
やはり 「人の命と健康はその土と共にある。」 。

 最近は「お取り寄せ」と称して、全国・世界各地から「旨い物」を取り寄せることができる。
流通が発達したおかげで、「秋刀魚の刺身」も食することができる。
見方を変えれば、単なる「下手物食い」。

泉州名物「水ナス」。
この苗を泉州以外で育ててても、「水ナス」にはならないそうである。
やはり「土」が重要である。

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2006年09月18日 吉野皇居 吉水神社

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▼先日、家族と共に吉水神社に参拝した。
泉北ニュータウンより車で1時間余り。
意外に近い。
吉水神社は1300年前の創立と伝えられる、きわめて古い吉野修験宗の僧坊で、
その歴史はあまりにも膨大である。
http://www.yoshimizu-shrine.com/ 
  
   後醍醐天皇御製

    世をさまり 民やすかれと 祈るこそ
    我が身につきぬ 思いなりけり


▼宮司の佐藤素心さんは代議士と懇意にされており、
代議士は夫人共々、訪れられるそうである。
また、先日、発足した「救う会奈良」の代表も務めておられる。
  参照:宮司さんのブログ(代議士の参拝)
http://blogs.yahoo.co.jp/yoshimizushrine/38149820.html

▼宮司さんの歓待を受け、暫し歓談の後、吉野散策へ。
吉野は歴史の宝庫である。
歴史に疎い私でも知っている国宝や重要文化財が点在する。
閉口したのが、子供の質問攻め。

ここで提案!
 学校(朝鮮学校も含めた日本中の学校)において日本史は必須科目にすべきである。
 およそ、日本人であれば、日本史を学ぶ事は最低限の礼儀であり、義務である。
 但し、所謂東京裁判に基づいた自虐史観だけは御免こうむりたいが・・・。

▼それにしても疲れた。
地図を片手に、殆どワンゲル部の一日であった。
なお、下界よりは5度、涼しい。


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2006年09月16日 明治維新は堺から始まった?

 あの産経新聞に久々に、代議士の名前を見つけた。
何やら妙に嬉しく、記事を何度も読み返した。
記事の中の短いコメントであったが、嬉しかった。

      「やっぱり、明治維新は堺から始まったんでっせ。」
      と言う堺出身の衆院議員、西村真悟さん(58)は
      「一度みんなで関が原から堺まで歩いてみましょうか」
      と、声を弾ませた。
       (平成18年9月15日 産経新聞朝刊 3ページ目)

 前回の記事「聖断 昭和天皇と鈴木貫太郎」でも述べたが、
堺には誇るべき歴史がある。
子供たちにこれらの歴史を教えるべきである。
教える事により、郷土にそして自分自身に「誇り」を取り戻す。
それが教育である。

 この記事に関して、代議士が時事通信を発信しておられる。
記事の代わりに、「時事通信」を掲載したい。

 写真は妙国寺。
02_4mainimg.jpg


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

堺について
                         No.244 平成18年 9月15日(金)
                              西 村 真 悟

 本日(15日)の産経新聞朝刊で、大阪特派員の皿木喜久氏が、
「明治維新は堺から始まった?」という一文を書かれている。
まことに、我が郷里である堺のことを書いて頂いてありがたい。
そこで、皿木氏のこの記事を切っ掛けにして、
以下、堺に生まれ育った者の視点から、我が国の歴史について述べてみたい。

 西暦1600年9月15日、関ヶ原に於いて島津義弘の部隊1000名は西軍にいた。
そして、西軍の敗北が決定的になったときにはじめて動き出した。
 その動く先は、東軍の総大将徳川家康の本陣である。
 断固として動き出した島津の部隊は、家康本陣に迫り、
義弘と家康は、お互いの表情を認め合う距離まで接近する。
この時、義弘が家康の首を取れと総攻撃を命じていたら家康は戦死したであろう。
もちろん、島津も義弘以下全員玉砕である。
 しかし、義弘は、家康を十分に震え上がらせたうえで、
家康本陣の前をそのまま通過して戦場から離脱していく。
目指す先は、堺。
つまり、島津義弘は「敵に向かって退却した」のである
(この状況については、池宮彰一郎著「島津はしる」に詳しいので是非読まれたし)。
 以後、薩摩では徳川二百数十年が終わって昭和になっても、
「関ヶ原を忘れるな」というかけ声とともに青少年の武道鍛錬教育が続けられるのである。

 そこで、何故、島津義弘は関ヶ原から堺を目指し、
堺は主従数十名になってたどり着いた島津勢を徳川家康が天下人になったのを知りながら
堂々と受け入れ、さらに舟を出して薩摩に帰還せしめたのかということである。
 この疑問をたどると、何故、西暦1543年に種子島に持ち込まれた鉄砲の量産が
早くも数年後に堺で始まったのかという謎に行き着く。
鉄砲は、門外不出の軍事機密であり薩摩で鉄砲製造の再現を命じられた鍛冶屋は
監禁状態におかれた。
 従ってその鉄砲の量産が、堺で始まったということは薩摩と堺に特殊な関係が
あったとしか考えられない。そして、その関係は陸ではなく海によって結ばれていた。

 今の我々の地理感覚も「陸のルート」が主体になっている。
しかし、徳川期以前の日本人は、今以上に「海のルート」を意識して各地との繋がりを
捉えていたと考えられる。
 徳川期以降、急速に海の向こうが遠くなったが、
16世紀までは堺の商人であるルソン助左右衛門がフィリピンに活動拠点を置き、
キリシタン大名の高山右近がフィリピンに移住するのも、
ベトナムやタイ、カンボジアの日本人町が繁盛していたことを考えると、
別に「地の果て」に行ってしまったということではなかったのだろう。
 従って、関ヶ原から離脱して堺を目指す島津勢にとって、
堺は薩摩の「海の玄関」だった。
堺に入れば、島津勢はほとんど薩摩に還ったように思えていたのではないか。

 そして、西暦1600年に関ヶ原の近くに堺という薩摩の「海の玄関」があって
島津家の存続が確保され、268年後の明治維新は薩摩が主体になって成し遂げられたこと
を考えると、明治維新は関ヶ原の合戦直後に「堺から始まった?」
という今朝の産経の記事はまことに遠大で適切な歴史観であると思う。
 
 ところで、もう一つ。
 信長・秀吉・家康の時代、16世紀に我が国社会の近代の姿つまり
現代の姿の起点が決定づけられた。
それを決定づけたものは「鉄砲」である。その鉄砲の量産都市は堺であった。
またこの時期、我が国内の鉄砲の総量は、全ヨーロッパの鉄砲の量より遙かに多かったという。
 ということは、堺はこの時期、鉄砲製造の世界の中心で、
単に薩摩藩の運命を左右するだけではなく、我が国近代を決定する鍵を握った
世界的な都市であったということになる(自慢しすぎかな)。

 私が、我が国と海でつながるアジアという意味で
「海洋アジア」という言葉を使うのは、この堺と薩摩の海の繋がりをみて
自然に生まれた地理感覚である。
既に16世紀に日本人が住んでいた地点である、インドから今のASEAN諸国と台湾を経て
我が国と海でつながる国々が「海洋アジア」であり、
21世紀にともに共存共栄関係を深めることができる地帯である。

 さらに堺に関して、明治維新期のことについても触れておきたい。
それは、慶応4年(西暦1868年)に起きたいわゆる「堺事件」のことである。
これは、堺でフランス水兵を殺害した責めを負って土佐藩士が切腹した事件である。
 
 同年2月15日、フランス軍艦が開港していない堺沖にきてフランス水兵が上陸し
民家に勝手に入ったり、婦女子を侮辱するなどの狼藉を行った。
つまり、彼らが他のアジア諸国で普通にやっていたことを堺でしたのである。
しかし、堺警備に当たっていた土佐藩士がそのフランス兵11名を斬殺し射殺した。
なお、フランス兵が先に発砲した。
 この事件に対して、フランス公使は新政府に土佐藩士20名の処刑と
賠償金15万円の支払いを要求した。
新政府は、その全てを受け入れて、2月23日に土佐藩士20名が堺の妙国寺で切腹することになった。
 切腹は、フランス軍艦長立ち会いの下で行われたが、
切腹の凄惨さに艦長が中止を要請してその場から逃げ出したので、
11名が切腹したところで終わった。
この事件は、悲壮な切腹の状況も含めて森鴎外の小説「堺事件」に詳述されているので読まれたし。

 さて、私がお伝えしたいのは、現在も切腹地の妙国寺に建つ慰霊碑のことだ。
 慰霊碑は、海の方向(西)に向けられた三基の石柱からなる。
中央は「南無妙法蓮華教」と刻まれた2メートルを超える石と切腹して死んだ
十一名の名が刻まれた台座である。
そして、その左右の隣にはほぼ同じ高さで
  左に「土佐藩十一烈士之英霊」、
  右に「佛国遭難将兵慰霊碑」
の二基の石柱が建てられている。

 この慰霊碑は、堺警備にあたる者の任務を果たしながら切腹しなければならなかった
土佐藩士を慰めるとともに、遙か故国を離れた堺で死んだフランス兵を同等に慰霊しているのである。
ここに、日本人の慰霊における自然の情が形に現れているといえる。
 そして、土佐藩士十一名は、靖国神社に祀られ、
フランス水兵十一名は神戸市立外人墓地に埋葬されている。

 本年八月にも、また、戦犯が祀られた靖国神社に参拝するのはけしからんという議論があった。
確かに、フランスからみれば、土佐藩士十一名は「戦犯」であろう。
しかし、日本からみれば彼らは「英霊」である。
そして、日本人は彼らと戦ったフランス兵を憎んでいるのではなく、同等に慰霊しているのである。

 例えば、中国などには、「敵」に対する憎しみを再生産するための博物館が多く建設されているという。ここでは、憎しみを忘れてはならない恨みを忘れてはならないという目的で全てが展示され、
この感情を再生産するのが「記念館」や「慰霊碑」建設の目的であるらしい。
 もちろん、このような国の中に「敵」の墓地があり、公金によって整備されているとは聞いたことがない。しかし、我が国の「記念館」や「慰霊碑」に、敵に対する憎しみや恨みを再生産するための
ものがあるだろうか。
農村の日本人が、墜落して死んだB29の搭乗員の慰霊碑を建てていたという報道が先日あったが、
憎しみを末永く伝える碑など聞いたことがない。

 ともかく、我々日本人が、慰霊に関してこのような素直な恩讐にこだわらない
「情」をもっていることを感謝しよう。
 しかし仮に、中国政府などが我々日本人も、自分たちと同じように憎しみ恨みを再生産
していると誤解しているなら、ほっておけばよいことながら、はなはだ片腹痛いことである。
 そこで、堺には、我々日本人の慰霊における自然な情をそのまま現した慰霊碑が
ひっそりと建てられているということを、
もっと知って頂きたいので、ここに記した次第である。

                                    (了)

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2006年09月12日 聖断―昭和天皇と鈴木貫太郎

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当会幹事長 市ノ沢充 投稿REVIEW】
 年式:平成15年
 出版:PHP研究所
 著者:半藤 一利

昭和の大政治家、鈴木貫太郎は、
自分が今住んでいる場所のすぐ近く、
久世村の伏尾で生まれた。

開戦のときの首相が東條英機、
敗戦のときの首相が鈴木貫太郎。

どちらも昭和天皇の信任篤く、
死力を尽くして国の為に命を捧げた。

4月に政令市となった堺市だが、
こんな身近に立派な政治家がいたことを、
知る人はあまり多くない。

こういう偉人の半生・一生を知ることから、
堺の子どもたちには歴史に馴染んでほしいものだ。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

どこかの旅行社が堺市内の名所・旧跡周りの小旅行を企画したところ、
「満員御礼」の札止めだったそうな。
そして、お客さんの殆どが、堺市民。

奈良、京都に負けない歴史・旧跡があるのに、
当局の観光課は手をこまねいているだけ。
やる事と言えば“箱物づくり”。

学校で鈴木貫太郎の半生・一生を教えたところで、
一体、幾らの経費がかかると言うのか。


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2006年09月11日 FORTY ONE

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▼ ≪FORTY ONE≫
ボードゲームの名前である。
作者は深沢氏。
氏の祖先は武田信玄の軍師、山本勘助だと言われ、
武田家の秘伝書を先祖から受け継いだ。
武田家の秘伝書を調べていくと、
菱形の武田家の家紋の中に41個の玉がある不思議な図面があった。
これは玉を飛び越して1個にする物らしいとは分かったが、
その解き方は書いていなかった。
図面は約450年前のもので、何人もが解析を試みたが、
先祖代々に解いた人はいなかった。
しかし、氏は20年もの歳月をかけて1個にする方法を見つけ出した。

これには
『遠交近攻(遠くの国と同盟し近くを攻める)』
『信玄堤(信玄の作った治水設備)』
『キツツキの戦法(川中島の戦いでの戦法)』
などの武田家の技術が使われていて、
さらに近代数学の微積分法もが含まれているという事である。

これをボードゲームにしたのが “FORTY ONE”。
簡単なルールだが、複雑で高度な深い読みが必要である。
私は、ミナミのバーで出会った。
酔っていく頭で考えていくと、頭痛と睡魔が襲ってきた。
お試し版は、
カジュアル カンパニー http://www5.ocn.ne.jp/~c41/history.html

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

▼遠交近攻とは遠い国と親交を結び、近い国を攻める外交政策。
中国の戦国時代に、魏(ぎ)の范雎(はんしょ)が唱えたもので、
現代においては、日本、米国、インド、中国等の関係である。
通常、近隣国とは文化、経済交流が盛んで、
文化・風習・技術・言語等に共通点が見られるが、安全保障上は敵対関係にある。
つまり、日本の安全保障が、常に中国大陸、朝鮮半島と常に密接な関係にあるという事である。

▼中国には学ぶべき戦術・戦略や外交政策が多い。
裏を返せば、如何に戦いが終始間断なく行われ、国が乱れていたかが分かる証左でもある。

▼中国では王朝同士の戦争が絶え間なく、その間、人民に対して略奪や大量虐殺が行われた。
王朝確立後も暴君や官吏により人民は重税、虐殺など苦しめられ続けた。
この繰り返しにより「他人に対し不信感を持ち」、「他人の善意も素直に受け入れない」、
「平然と嘘をつく」という民族性が出来上がった。

中国は“道徳最低”なるが故に『孔孟』が現れたのである。

▼“中国人、嘘つかないアルヨ” byサイボーグ006(張々湖)

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2006年09月11日 募金振込ご報告

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 本日、平成18年9月11日 「救う会・家族会」に振込みをさせて頂きました。

    7月31日 大魚夜市        22,616円
    9月 9日 街頭活動         3,402円
    9月10日 大阪ブルーリボン他  12,115円
   ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
    合  計                38、133円

  ありがとうございました。
  
   

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2006年09月11日 9.10 大阪ブルーリボン拉致集会

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 平成18年9月10日 大阪ブルーリボン主催 「拉致集会」
 当会より幹事8名が会場設営、警備で参加。
大阪ブルーリボンさんのご好意で、物販コーナーの一部をお借りして、
NEW「ブルーリボンバッジ」を販売。

 あいにく、デモ行進の直前に大雨で中止となった。
大阪では初めてのデモ行進で会っただけに残念。
代議士の「これくらいの雨、わしゃ、かまへんねんけどな」とつぶやく足下を見れば、
ウオーキングシューズのようなゴツイ靴を履いておられた。(およそ、スーツには似合わない代物。)
代議士の心が表れていた。

会館の1F喫茶店で、代議士と歓談。
30分程であったが、代議士の顔も、幹事たちの顔を、非常に和んだ、良い顔をしていた。

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2006年09月11日 街頭活動 平成18年9日9日

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 今回募金活動 募金額 3,402円

 今回の街頭活動は、「街頭写真展」を兼ねて行った。
やはりビジュアル的に「見せる」という事は大事なようで、
一時は写真の前に黒山の人だかり。

 今回の特徴として、署名数が相当数に上った。
これも署名台を、「写真展」の横において効果であった。

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2006年09月11日 幹事会議事録 平成18年9月9日

「真悟の会・堺」幹事会議事録
平成18年9月9日

議案①大阪ブルーリボン拉致集会
     9月10日(日)13:00~15:00、その後デモ行進
     9時事務所集合、10時現地集合、物販コーナー担当

議案②仁徳御陵清掃奉仕
     10月28日(土)9:00~11:00(8:50集合)

議案③11月18日(土)午後2時「拉致集会」について
    (泉ヶ丘パンジョホール=170名仮申込、13時~17時)
    パネラー=西村真悟(基調講演)、三宅博、市ノ沢充

議案④会則について
   それぞれ熟読し、次回検討する。

議案⑤その他
・8月27日、富士総合火力演習の報告
・9月 8日、日本「南京」学会、小田島氏と面談、可能な範囲で協力する。
・メルマガ発信、FAX通信=現在約70名が購読、本日発信

※次回幹事会    10月 8日(日)15:00~16:00 街頭活動
                   17:00~19:00 幹事会

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2006年09月10日 9・10西村真悟代議士と共に北朝鮮へ抗議行動!

拉致問題にとりくむ同志の団体である、大阪ブルーリボンの会
関西の特定失踪者のご家族を招聘して支援集会、そして、市民大行進を行います。


「北朝鮮による拉致被害者全員の救出を求める大阪集会」

日時:平成18年9月10日13時ー15時(開場12時)
場所:エル大阪(大ホール:800人収容)


「拉致被害者全員奪還市民大行進」

日時:集会終了後、
場所:会場のエル・おおさかを起点に、天満橋→南森町→梅田新道→御堂筋→大阪市役所前のコース、約2.4kmを行進します。(コースは所轄警察と調整中)たくさんの市民の皆さんが参加していただきますようご案内申し上げます。
  なお、参加いただける方は、帽子、日傘、飲み物などの暑さ対策をぜひお願いいたします。
多数の方のご参加で全員奪還の思いを大阪から北朝鮮に 強くアピールしましょう!


「真悟の会・堺」はこの集会と市民大行進を成功させるために協力します。


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2006年09月09日 FAX通信平成18年9月9日号

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2006年09月09日 青旗新聞平成18年9月9日号

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2006年09月08日 帝国海軍が日本を破滅させた

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▼「真悟の時事通信」平成18年8月7日号より抜粋
http://www.n-shingo.com/cgibin/msgboard/msgboard.cgi?page=236

『我が国は軍国主義で悪い国だった』という自虐史観に囚われて靖国神社を語るなかれ。
このような評価は、虚偽である。
但し、戦争という国策を遂行するに当たり、
国家指導の誤りがなかったか否かを点検しなければならない。
しかし、この観点からの点検が一番欠けている。
この点検が抜けているから、簡単に東京裁判史観で思考停止しているのだ。
そこで、この点検を一歩一歩進めてきた方の、貴重な論考を次に紹介したい。
この夏刊行された。是非お読み頂きたい。
そして、このような点検をしてから、再び我等が祖国の歴史を語ろうではないか。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

著者 佐藤 晃
書名 「帝国海軍が日本を破滅させた」上下二冊
出版社 光文社

帝国海軍の暴走はこうして始まった!
 大東亜戦争における帝国海軍の戦跡をたどっていくと、1つの不可思議な問題が浮上してくる。
それは、海軍の軍隊にもあるまじき作戦知識の欠如である。
まず、国家総力戦の認識がまったくない。情報重視の観念もない。
後方兵站 logistic がまったく疎かにされている。
戦術すらまことに拙劣なのである。
正直なところ、帝国海軍に見るべきものは、何一つないといっても過言ではない。
では、なぜそのような体たらくになってしまったのか?
 
それは、日露戦争での華々しい勝利が原因である。
実は日本海海戦をはじめ、旅順封鎖や黄海海戦など、
海軍の戦争はほとんどたまたま勝てたようなものである。
ところがこの勝利に酔った海軍は、我が国の統帥権 supreme command を分離させてしまった。
つまり、日本は陸軍と海軍がてんでバラバラの組織になり、
「最高指揮官」が欠落したまま大東亜戦争に踏み込み、
真珠湾の勝利に舞い上がったのである。
 つまり、帝国海軍こそが日本を敗戦に追い込んだ「A級戦犯」であり、
海軍の栄光は戦後につくられたフィクションにすぎない。

本書は、帝国海軍の権威主義の実態、独立統帥権を手中に収めた経緯、
それが大東亜戦争に及ぼした悪影響、そして作戦研究の驚くべき過ちと怠慢、
それらの大東亜戦争惨敗の根本的原因を、日清・日露の2つの戦争にまでさかのぼって解明し、
検証しようとするものである。

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2006年09月06日 奉祝 親王殿下御誕生


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秋篠宮家に親王殿下が御誕生されましたことを、国民として心よりお祝い申し上げます。

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2006年09月05日 こんなとき110番だ

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▼今夏、日本海に海水浴に行った。
やはり、日本海は二色浜(大阪府貝塚市)とは格段に綺麗であった。

その海岸沿いに写真のような看板があった。
写りが悪いので複記する。

      こんなとき110番だ
      ●見知らぬ船が沖合にとまり変だと思ったとき
      ●見なれないあやしい人が海岸線をうろついているとき
      ●夜中、ゴムボートや小舟で上陸しようとする変な人を見たとき
      ●夜中、早朝に草むらにかくれている人がいて変だと思ったとき
              沿岸警備にご協力を
                小松沿岸連絡協議会・小松警察署

 小松航空自衛隊基地近くだったので、このような看板が貼ってあるのかと思ったが、
看板は潮風に晒されているにしては比較的新しく、日本海側特有のものらしい。

▼特定失踪者問題調査会ホームページに「失踪者リスト」がある。
驚くことに「日朝平壌宣言」(平成14年9月17日)以降も、
5名の「北朝鮮に拉致された疑いを否定できない失踪者」がいる。
もしかすれば、今現在も、北朝鮮による拉致は続いているのか。
日本海側に住み人にとって、拉致問題は「過去」の問題ではなく、
明日にも起こる「テロ」なのである。

▼海岸を見ながら、
「荒木和博氏が“日本の海岸線は非常に長く、上陸ポイントが多数あるため、
総ての海岸線を守るのは不可能である”と講演会で話された事」を思い出した。
さすれば、やはり「攻撃は最大の防御なり」か。

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2006年09月02日 9・2金美齢先生講演会

武藤記念講座のご案内
(とき) 9月2日(土)午後1時半開演
(ところ)大阪市中央区大手前2の1の2
     国民会館ビル12階武藤記念ホール
     (地下鉄谷町線天満橋駅下車)

(テーマと講師)
「今、日本に期待すること」
 評論家・台湾総統府元国策顧問 金美齢 さん

(主催)社団法人国民会館
*会場へ直接お越しください。

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2006年09月02日 さらば冥王星!地球より愛をこめて!

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≪当会幹事の天文学論争≫
世界天文学会にて冥王星が「惑星ではない」とされてしまった。
歴史的大事件であり、文部科学省や書籍出版元はどえらい騒ぎだと思う。

しかし小生個人にとっては納得のいかない問題が他にある。
つまり「宇宙戦艦ヤマト」と「銀河鉄道999」での冥王星の設定である。
両作品とも冥王星はストーリー展開として実に重要な意味を持っている。

「ヤマト」では、侵略者ガミラス星の前進基地があった。
         ヤマトが完成する前の地球艦隊がガミラス艦隊と決戦して、
         古代守が行方不明となる。
         その後「ヤマト」が冥王星ガミラス基地を、超ハイテク時代ではあるのに、
         コマンド部隊の潜入作戦で基地を壊滅させる。

「999」では、「宇宙超特急999号」の停車駅で、氷に覆われた地上には、
        機械化した人間の生身の抜け殻が眠る「墓地」が無数にある。
        太陽系外に旅立つか、勇気無くこのままこの星で彷徨うか決断に迷う
         「迷いの星」と名付けられている。

幼い日、夢中になってテレビで見たこれらの作品が「無駄」になってしまった~とまでは言わないが、
夢とは実に儚いものなのか~と寂しい思いがした出来事でした。

追伸:ガミラス星の武器である『瞬間物質移送器』が我が自衛隊にあれば、
    一瞬にして「拉致被害者」を取り戻せるのになぁ~と真剣に思った次第です(笑)。

    ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

他の幹事が「あと占い師が困るでしょうね。
        細木さん、今後冥王星人の位置付けどうしはるんやろか。」
という問いがあったが、どうやら冥王星人はいないという事で落ち着いた。

このことに関して、米国の天文学者が
 「やっと、冥王星が正当な評価を受ける事となった。」と自分のことのように喜んでいた。
なにやら可笑しかった。
西村真悟代議士も一日も早く、正当な評価を受けたいものである。


さて、9月10日は大阪ブルーリボン主催の支援集会&デモ行進。
万障繰り合わせの上、是非とも参加していただきたい。


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