7.日本の役割
私たちの国、日本は戦後、サンフランシスコ講和条約で台湾の権利を放棄しました。
その帰属先は未定であり、ある人は日本には未だに台湾の保護責任がある、とも言っています。
しかし、ここではサンフランシスコ講和条約や日華平和条約にとらわれず、
前項の台湾の国際地位確定のために日本国が、日本人が何をしなければならないのか、
何が出来るのかを考えてみます。
まず、台湾の住民が日本に抱いている感情の部分を整理してみましょう。
1895年から1945年までの日本統治時代に生を受け、また、少年期、青年期を送られた世代の
方々はすべからく日本語を自由に操り、その思考経路は日本人、少なくとも当時の日本人と相似形
でありました。
ものの見方、考え方、人間としての処し方など、どれをとっても今の日本人よりも日本的な面を
多く保たれています。
戦後の日本人がGHQのウォー・ギルト・インフォメーション・プログラムにより、また、
その一環である偏向教育により、日本人としての誇りを奪い去られ、自虐的歴史観に基づき、
ひたすら土下座外交に徹しているのに比べ、台湾の方たちは現在に至っても、
かつて日本人であった誇りを捨てずに生き抜いてこられ、今の日本を、日本人を歯がゆく
思っておられる方がたくさん居られます。
確かに、敗戦後、国民党が台湾を支配し始めたころ、「犬が去って豚が来た」と揶揄されるように、
日本の統治時代も台湾の人々にとっては100%満足の行くものではなかった事も事実でしょう。
しかし、国民党と共に台湾にやって来た中国人の民度の低さを見るにつけ、日本時代に身に付いた
ものは日本人としてだけではなく、人間としての民度の高さが身に付いていたことを改めて認識する
結果となったようです。
この様なことから日本統治時代の負の遺産よりも正の遺産を評価することがこの世代の方々の
一般的な考え方となりました。
この方たちの日本に対する気持ちはゆるぎないものがあります。
それだけに戦後、日本が台湾の帰属に関し、中国をはじめとする諸外国に対して、
なんら行動や発言をしなかったことが「日本はなぜ台湾を捨てたのですか」という言葉に集約されます。
私たち日本人は、以前は同じ日本人であった台湾の方をかえりみる事をせず、
日米安保条約の傘の下で、ただひたすら経済的発展を遂げてきました。
多くの台湾の方が戦前の日本の統治は間違っていない。
非難されるべきは戦後の対台湾政策である、とまで言われています。
今、私たちの国、日本は対米追従政策や、グローバル化という言葉に踊らされ、
日本人の日本人たる所以を失いつつあります。
先人達が心血を注いで台湾の建設を行った、その何分の一かでもその心を取り戻し、
台湾を応援しなければなりません。
勿論、この場合の台湾は、国民党政権下の中華民国では断じてありません。
我国にとってかけがえのない生命共同体としての台湾、世界中で唯一心を通い合わせることが
出来る兄弟国としての台湾、単に利害関係だけで結ばれている諸外国の条約や同盟以上の関係を
築くことが出来うる国としての台湾を、私たちはどのようにして応援すればよいのでしょうか。
私たち日本人が出来ること、そして、私たち日本人しか出来ないことの一つに、
日本という国そのものを変えることがあります。
台湾を、日本国として応援できるような日本にすること、これ以上、台湾の人たちを勇気付けること
はありません。
国として台湾を応援できる日本にするためには、それが出来る人を選ぶことです。
私たちの一人ひとりが持っている一票を、台湾応援に反映させることが出来るように、
しっかりと目を開き、あなたの大好きな台湾のために、また、日本のためにその様な人を選んで
頂ければ幸いです。
また、民間交流としては、一人でも多くの日本人が台湾を訪問し、台湾の人々との間に友情を築いていただくことです。
台湾の有名人や政治家に会う必要はありません。
普通の、一般の人達と交流を深めて頂くことが大事なことです。
一人でも多くの日本人が、一人でも多くの台湾人と友情を築いてください。
それが台湾を応援する第一歩なのです。
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西村真悟 論文紹介
掲載雑誌:月刊日本 10月号 p.136~139
発行所:株式会社K&Kプレス
コラム名:歴史に学ぶ(十五)
「専守防衛」という妄想
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
【論文より抜粋】
ところで、こういう状況は何時か経験していないか。
つまり、この状況は大東亜戦争において、サイパンや硫黄島が陥落して敵の基地となり、
敵がいよいよ沖縄から本土に攻撃を開始してきた時の状況ではないのか。
この状況が生まれるまでには、シーレーンはとっくの昔に制圧され、
制空権と制海権は完全にアメリカ軍のものとなっていた。
そして、この状況下では、国内に物資が来ないのであるから工場は既に稼動しておらず、
陸海軍も特攻作戦以外の反撃はできなかった。
つまり、この状況から組織的で効果的な反撃によって敵を撃退して後退させることは不可能であった。
であるのに、現在の「専守防衛」は、この事態になるまで何もせず、本土に敵が侵攻してから迎え撃つというのである。
頭がおかしいのではないか。
そもそも、ここから反撃しても敵の撃退は不可能であることは、
六十三年前に骨身に染みて思い知らされたのではないか。
ましてをや、六十三年前にはなかったミサイルなどの飛び道具を敵が保有していることを思うと、
核が搭載されたミサイルを撃たれてから初めて反撃できると考えるのがおかしい。
消滅している人間が反撃できるはずがないからだ。
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6.台湾の国際地位
前述の通り、残念ながら台湾は国際的には独立した主権国家としては認められていません。
1928年に蒋介石の国民党により中国大陸の南京に樹立された南京国民政府が中華民国
の始まりですが(1912年から1928まで、北京政府と呼ばれた、孫文を臨時大統領とする中華民国が存在しましたが、これに関しての説明は割愛します。)、
下関条約により、清国から日本が台湾の割譲を受けた1895年には影も形も無かった中華民国が、
台湾は中華民国の一部であるとして大東亜戦争終結のどさくさにまぎれて不法占拠を続けている
だけであることは周知の事実です。
ましてや、大東亜戦争後の1949年に建国された中華人民共和国の一部で有ろうはずがありません。
台湾が、大東亜戦争における主占領権国である米国の、列島第一区に属する未確定領土である
ことは、中華民国と中華人民共和国を除く世界中の殆どの国や国際法学者が認めています。
しかし、別な意味では台湾の実態は国家としての条件を全て備えた立派な主権国家である、
ということも認められています。
私たち日本人もどちらかといえば台湾をその様に捉え、認識しているのではないでしょうか。
この相反する理論がまかり通る理由は軍事クーデターにより政権が樹立された国々に共通することで、
民衆の意を反映しない軍事クーデターによって樹立された不法政権は、それを合法的な政権に移行
させるために選挙を実施し、民衆の意が反映された政権に姿を変えていきます。
これを台湾に当てはめると、不法に台湾を占拠した蒋介石の国民党が1948年から1987年まで
実施した戒厳令の後、国民党以外の政党が合法的となり、ついには1996年、国家元首である
台湾総統までもが国民の直接選挙によって選ばれることになり、今や、少なくとも表面的には国民
の意思が反映された民主主義国家の態を成しています。
したがって、前述の相反する両論がまかり通る状態となっているのですが、本当にそうでしょうか。
確かに国民党は他の政党を認め、国民による選挙も実施しました。
しかし、蒋介石の国民党が不法に占拠したのは米国が主要占領権を持つ土地であり、
米国の未確定領土であったはずです。
ということは、とりもなおさず米国の領土を侵害しており、もともとそこにあった政権を倒して君臨
しているのではありません。
ただ、もともとそこに住んでいた住民を支配下に置いただけであり、米国の暫定領土の住民に選挙を行わせたところで米国の主権はいささかも揺るぐものではありません。
ただ単に自国の暫定領土の不法占拠に対して米国が軍事力を行使して排除しなかったに過ぎません。
これが米国のいずれかの州に起こった事であれば米国は即刻軍事力を行使して排除したことでしよう。
仮にアラスカ州を誰かが不法占拠した場合、米国は軍事力でこれを排除するでしょうし、万一軍事力を
行使せず、見て見ぬふりをしたとて、不法占拠した人間がアラスカ州で選挙を行っても、これは民主的な
方法で成立した政権とは誰もが認めることはありません。
台湾の現在はこれに相当するのではないでしょうか。
蒋介石は排除されないことをいい事に、米国の暫定領土を不法に占拠していたのです。
2008年までの民進党政権も国民党の後をついで米国の暫定領土を不法占拠している片棒を
担いでおり、この様な政権は砂上の楼閣にすぎません。
台湾が本当にしっかりとした土台の上に国づくりをするためには米国の承認なしには有り得ないのです。
今、台湾では一部の方が中心となり、米国に対して、前述の台湾の地位を確認するための訴訟を起こしています。
米国の連邦裁判所がこれらのことを正式に認めれば台湾の国際地位確定のための方向が明確になり、大きく前進することでしょう。
しかし、何よりも大事なことは、台湾の人々が、台湾人による台湾人のための国を創ろうという気持ちです。
多くの台湾の人々が真剣にそれを望んでこそ、初めて道が開かれるのではないでしょうか。
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6.台湾の国際地位
前述の通り、残念ながら台湾は国際的には独立した主権国家としては認められていません。
1928年に蒋介石の国民党により中国大陸の南京に樹立された南京国民政府が中華民国
の始まりですが(1912年から1928まで、北京政府と呼ばれた、孫文を臨時大統領とする中華民国が存在しましたが、これに関しての説明は割愛します。)、
下関条約により、清国から日本が台湾の割譲を受けた1895年には影も形も無かった中華民国が、
台湾は中華民国の一部であるとして大東亜戦争終結のどさくさにまぎれて不法占拠を続けている
だけであることは周知の事実です。
ましてや、大東亜戦争後の1949年に建国された中華人民共和国の一部で有ろうはずがありません。
台湾が、大東亜戦争における主占領権国である米国の、列島第一区に属する未確定領土である
ことは、中華民国と中華人民共和国を除く世界中の殆どの国や国際法学者が認めています。
しかし、別な意味では台湾の実態は国家としての条件を全て備えた立派な主権国家である、
ということも認められています。
私たち日本人もどちらかといえば台湾をその様に捉え、認識しているのではないでしょうか。
この相反する理論がまかり通る理由は軍事クーデターにより政権が樹立された国々に共通することで、
民衆の意を反映しない軍事クーデターによって樹立された不法政権は、それを合法的な政権に移行
させるために選挙を実施し、民衆の意が反映された政権に姿を変えていきます。
これを台湾に当てはめると、不法に台湾を占拠した蒋介石の国民党が1948年から1987年まで
実施した戒厳令の後、国民党以外の政党が合法的となり、ついには1996年、国家元首である
台湾総統までもが国民の直接選挙によって選ばれることになり、今や、少なくとも表面的には国民
の意思が反映された民主主義国家の態を成しています。
したがって、前述の相反する両論がまかり通る状態となっているのですが、本当にそうでしょうか。
確かに国民党は他の政党を認め、国民による選挙も実施しました。
しかし、蒋介石の国民党が不法に占拠したのは米国が主要占領権を持つ土地であり、
米国の未確定領土であったはずです。
ということは、とりもなおさず米国の領土を侵害しており、もともとそこにあった政権を倒して君臨
しているのではありません。
ただ、もともとそこに住んでいた住民を支配下に置いただけであり、米国の暫定領土の住民に選挙を行わせたところで米国の主権はいささかも揺るぐものではありません。
ただ単に自国の暫定領土の不法占拠に対して米国が軍事力を行使して排除しなかったに過ぎません。
これが米国のいずれかの州に起こった事であれば米国は即刻軍事力を行使して排除したことでしよう。
仮にアラスカ州を誰かが不法占拠した場合、米国は軍事力でこれを排除するでしょうし、万一軍事力を
行使せず、見て見ぬふりをしたとて、不法占拠した人間がアラスカ州で選挙を行っても、これは民主的な
方法で成立した政権とは誰もが認めることはありません。
台湾の現在はこれに相当するのではないでしょうか。
蒋介石は排除されないことをいい事に、米国の暫定領土を不法に占拠していたのです。
2008年までの民進党政権も国民党の後をついで米国の暫定領土を不法占拠している片棒を
担いでおり、この様な政権は砂上の楼閣にすぎません。
台湾が本当にしっかりとした土台の上に国づくりをするためには米国の承認なしには有り得ないのです。
今、台湾では一部の方が中心となり、米国に対して、前述の台湾の地位を確認するための訴訟を起こしています。
米国の連邦裁判所がこれらのことを正式に認めれば台湾の国際地位確定のための方向が明確になり、大きく前進することでしょう。
しかし、何よりも大事なことは、台湾の人々が、台湾人による台湾人のための国を創ろうという気持ちです。
多くの台湾の人々が真剣にそれを望んでこそ、初めて道が開かれるのではないでしょうか。
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5.日本時代の台湾?
1895年、日本が領有した当初の台湾は伝染病がはびこり、言語は原住民の種族と同じ数だけ
ある様な、清朝によっても完全統治されていない化外の地としての位置づけでありました。
又、日本は台湾を、欧米列国の植民地の様には位置づけをせず、日本国の領土の延長として
経営するべく、当時の日本における最高レベルの頭脳をもってこれに当たることとしました。
日本政府は台湾に総督府をおき、先ず、伝染病の根絶、土地の正確な測量等を行い、インフラ整備、
灌漑事業、教育システムにいたっては内地以上の設備を誇る学校もあったほどです。
基本はすべてに於いて内地と同等を目標に進められましたが、確かに内地人と台湾人との
軋轢や差別もあったようです。
しかし、1945年当時の就学率は内地のそれをはるかに上回り、92%に達していました。
400年間、オランダの統治を受けたインドネシアの当時の就学率は僅か3%であったことからも、
欧米列国の植民地政策と日本の台湾経営が根本的に違うものであったことがわかります。
それら現在の台湾の根幹を成す諸事業を行ない、残した日本に対して、蒋介石の国民党は
台湾の人々に何をしたのでしょうか。
1947年2月28日、228事件と呼ばれる有名な、数万人に及ぶ台湾人(本省人)の虐殺、
1987年まで40年に及ぶ世界最長の戒厳令下の白色テロ、台湾語の禁止、外省人による本省人
へのあらゆる分野での差別、等々、負の遺産の枚挙に暇がありません。
特に蒋介石の時代には日本が残した資産のすべてを国民党が奪いながら日本時代を完全に否定し、
日本語を学ぶことさえ禁止しました。
1988年、蒋介石の息子で国民党総統の座にあった蒋経国の死去により、本省人の李登輝氏が
国民党総統に就任したことにより一気に民主化が進められ、本省人の活躍の場が広がりました。
この様なことから、特に日本統治時代に教育を受けた台湾の本省人の方々は、
日本に対する思い入れが強く、日本時代を懐かしむ声がしきりです。
また、その方々に現代の我々日本人は、古き良き日本、古き良き日本人を見ることが出来、
忘れかけていたものを思い出し、日本古来の美風を将来にわたって受け継いでいかなければ
ならないとの思いを強くするものです。
これらの事柄については、司馬遼太郎著『街道を行く「台湾紀行」』(朝日新聞社刊)、
及び同著に老台北として登場される蔡焜燦(さい・こんさん)氏著「台湾人と日本精神」(小学館文庫)
に詳しく述べられていますので是非、併せてご一読をお願いしたいと思います。
司馬遼太郎氏は『自分は「台湾紀行」を記すためにこの世に生を受けたのではないかと思う』
とまで書かれておられ、台湾に一方ならぬ愛情を注ぎ、台湾人自身による台湾の将来に夢を
はせられて逝かれました。
蔡焜燦氏は昭和20年8月15日を日本の奈良で迎えられ、独立国としての台湾を夢見て帰国
されたものの、国民党政権による苦難の時代を生き抜かれ、齢80にして未だに衰えない日本精神を
私たち日本人に鼓舞して下さっておられます。
自虐的歴史観は我々日本人にとって百害あって一理なしです。
悪いことは悪い、良い事は良い、と歴史を振り返って冷静に判断することが大事なことです。
皆さんが耳にしている様に、戦前の日本や日本軍がすべて悪かったと否定する必要はありません。
日本の善政、日本軍の規律の厳しさ、等々、現在でも東南アジア諸国で評価されていることは
少なくありません。
マレーシアの前首相マハティール氏やシンガポールの前首相であるリー・クワン・ユー氏曰く、
日本は謝ることは無い、と言われ、インドネシアにいたっては独立戦争を共に戦った旧日本軍兵士
数千名は独立戦争英雄墓地に祭られており、その独立宣言書の日付は、インドネシア人が書いた
にもかかわらず、西暦ではなく日本の皇紀で書かれているのです。
このように日本は、東南アジア諸国が欧米列国の支配下から独立するために大きな役割を果たしたと
評価もされているのです。
とは言え、反日教育を受けた戦後世代の幾つかの国の国民にいきなりこの様な話をしても
反発を買うばかりであり、また、それ以前に私たち日本人が冷静に歴史を振り返って反省
するべき点は反省し、評価するべき点は評価してこそ、はじめてそれらのの人々に、
歪曲されていない正確な歴史の真実を伝えることが出来るでしょう。
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我が国には忘れては成らない歴史にも関わらず、忘れ去られようとしている真実がある。
奈良県東吉野村の一画に観光地化されることも無くひっそりと顕彰されている
『天誅義士(組)』終焉の地もその一つであろう。
吉村虎太郎 辞世
吉野山風にみだるるもみぢ葉は わが打つ太刀の血煙と見よ
『天誅義士の足跡を訪ねて』より
血路を、求め、
足の郷道より銃口の待つ
鷲家口めがけて斬込み
散っていった義士たち。
万魁の想いを胸に
燃ゆる紅葉を血に染めながら
彼らの脳裏によぎったのは
新しい世の中への確信か
そぼ降る時雨の心細さか
東吉野村関連ページ:http://www.vill.higashiyoshino.nara.jp/index.html







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4.では、どうすれば?
先に述べたとおり、台湾は依然として米軍、米国の統治下にあります。
従って、台湾の現在と将来に対する責任があるのは米国であり、中国がどうのこうのと言う問題ではありません。
米国の判断ひとつで台湾の将来が決まるのです。
しかし、これには大きな関門があります。
それは、台湾の人々が、今の台湾は独立国ではない帰属未定の地であるということを再認識し、
それに基づいて行動を起こさないとならないのですが、現在、アジアでも有数の先進国の仲間入りを
果たしている台湾の人々にとって、この様な認識を持たなければならないことは屈辱でもあるでしょうし、
現在の生活基盤が揺らぐ恐れもあるからです。
しかし、子々孫々、中途半端な状態で中国の脅威に怯えなければならない状態から脱し、
将来に禍根を残さないようにするにすることが大事だと思われます。
私たち日本人も黙って見ていてはだめです。
台湾の人々の痛みを共有し、日本国であった台湾の時代に、私たち日本人の諸先輩が
現代台湾の礎となった教育システムやインフラを残されたように、今の時代を生きるわれわれ日本人も
台湾のために誠心誠意を尽くさなければなりません。
日本が苦しんでいる時には台湾の人々が助けてくれるでしょう。
世界中を見渡してもこの様なことを期待できる国、密接に心を通わすことが出来る国は台湾を置いて他に
はありません。
日本人はどこの国からも侵される心配をせずに戦後60年間を生きてきました。
台湾という兄弟を守りもせずに・・・・・。
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3.中国でもない、独立国でもない?
誰の目から見ても独立した立派な国、台湾。国民の直接選挙で選ばれる総統を国家元首とする
進んだ民主国家、台湾。
東南アジアで有数の豊かな国民生活が確立している国、台湾。
しかし、残念ながら国際法的には、台湾は独立国ではないのです。
これは前述の民主国家然としている所に生きる外省人を含む台湾の人々にも認め難い事実ですが、
未だに米軍の統治下にある暫定状態の未合併領土とされています。
身近な例で言いますと、1898年の米国とスペインとの戦争の結果、スペインから割譲された
幾つかの旧スペイン領土のひとつであるグァムやプエルトリコと同じ状態なのです。
この時、同時に米国へ割譲されたフィリピンとキューバはそれぞれ独立を果たしました。
これらの国や島の元の宗主国であるスペインが、一度でもグァムを返せ、フィリピンを返せ、
などと言った事があるでしょうか。
仮に言ったとすれば世界中の笑いものになります。
しかし、中国は台湾に関してそれを言っているのです。
宗主国でもなかったにもかかわらず・・・
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2.台湾の歴史
世界史に台湾が登場するのは17世紀、スペイン人をはじめとするヨーロッパ人の到来を
待たなければなりません。
それ以前は、元朝が13世紀後半に澎湖諸島を領有しましたが、
台湾本島にまでその主権が及ぶことはありませんでした。
オランダが現在の台南に東インド会社の拠点を置き、
労働力として中国本土から多くの移住民を募り、
それら漢民族の男性が原住民と結婚した事が現在の台湾人(本省人)のルーツ
だといわれています。
その後、日本人を母親にもつ漢族の鄭成功(てい・せいこう)が清朝から追われて
台湾に上陸、オランダ人を駆逐しましたが、この時点でも中国、当時の清朝の統治
は受けていません。
しかし、その鄭成功の子孫も清朝によって滅ぼされ、はじめて清の主権が及ぶようになったのですが、
その統治も島全体に及ぶこともなく、半ば見捨てられた島の様になっていました。
清朝の乾隆帝時代に編纂された「欽定大清一統志」には、「古くより荒服の地であり・・・中略・・・
日本に属す」と書かれており、オランダ人が台湾を占領する前後は、
日本人が台湾を占有していた事は明らかです。
清の公式な文書にそう書かれているのですから、「台湾は古来中国に属する」と言う根拠がありません。
時を経て19世紀末、日清戦争の結果、下関条約により台湾は清から日本に割譲され、
1895年から1945年の大東亜戦争(*1)で日本が敗れるまでの50年間は日本の領土となりました。これは、実質統治をしていなかった台湾であれば日本に割譲したとて何の痛みもないという
清国政府の判断があったと思われます。
*1:戦後、占領国軍の命令で大東亜戦争という名称の使用が禁止され、
太平洋戦争という名称が定着しましたが、大日本帝国政府が定めた正式の名称は大東亜戦争
だったのです。
1945年、日本がポツダム宣言を受諾したことにより、連合国軍最高司令官であるマッカーサー元帥の
命で、それまで中国本土で日本軍と戦闘をしていた(と言っても殆ど、負け戦ばかりしていたようですが)蒋介石の中華民国国民党軍が台湾駐留の日本軍との停戦事務処理に派遣されました。
単なる事務処理の窓口として派遣された国民党軍ですが、台湾に上陸するや否や、台湾は中華民国の
領土である、と宣言しました。
これは明らかに国際法違反で、当時の英国やフランスもこれに対して異議を申し立てたのですが、
まもなく勃発した朝鮮戦争のどさくさにまぎれ、現在に至るまで不法に台湾を占拠しているのです。
この蒋介石と共に台湾に来た人々を外省人と呼び、特権により、従来は台湾の国政、経済を牛耳っていました。
これらのことから、台湾は本来中国に属している国でないことは明らかです。
それでは独立国でしょうか。 これも否です。
なぜならば・・・・
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