僕の堺⑯ 河口慧海(一八六六年生、一九四五年没)の生まれたところ 

河口慧海(一八六六年生、一九四五年没)の生まれたところ

 日本人として始めて秘境であったチベットに入り原初の形態をとどめている
チベット仏典を日本にもたらした河口慧海は、慶応二年(一八六六年)一月十二日に
樽桶製造業を営む家の長男として堺市北旅籠町に生まれた。
生家の跡には小さな石碑があり、近くの南海本線七道駅前には銅像が建てられている。

 彼は明治二十三年に黄檗宗の寺で出家し、日本に中国からもたらされた
漢文釈仏典に疑問をもち原初のチベット仏典を求めてインド・ネパールを経て
マンゲンラ峠を越えて密かに入境が禁じられていたチベットに入った。
明治三十三年のことだった。

一年後に素性がばれそうになり脱出したが、十年後の大正二年にもチベットに入境した。
彼は二回の入境で多くのチベット語仏典と民族資料や植物標本を日本に持ち帰った。

 高校時代から山を愛し、大学では一時期山岳部にいた私は、ヒマラヤを超えて
チベットに入った郷里の先達に憧れを感じていた。
第二次世界大戦中にインドのダージリン捕虜収容所を脱出しヒマラヤを超えて
チベットに入って現在のダライラマ法王とともに七年を過ごしたドイツ人ハインリッヒ・ハラー
(「チベットの七年」の著者)も登山家であった。

 数年前に、来日していたダライラマ法王と会ったとき、学生時代に愛読した
ハインリッヒ・ハラーの「チベットの七年」を贈呈した。

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