

「大阪ブルーリボンの会」拉致救出!街頭活動(署名&募金)
去る6月26日「大阪ブルーリボンの会」が泉北高速・泉ケ丘駅にて拉致救出!街頭活動(署名&募金)を
行い、西村真悟前衆議院議員を始め「真悟の会・堺」もボランティア参加した。
6月とは言え真夏並みに気温が上昇する中、毎週の様に地道に救出活動をされる
「大阪ブルーリボンの会」の姿こそ救出運動の本道で有ると確信した。
http://www.osaka-blueribbon.org/
最後に成りますが、「大阪ブルーリボンの会」のボランティアスタッフから、
泉ケ丘に於ける街頭活動の思いが届けられたので、紹介します。
6月26日(日)の大阪ブルーリボンの会主催「堺泉ケ丘駅センタービル」街頭活動が実施されました。
実施にあたり、眞悟の会・堺のメンバーの皆さんにもボランティア参加のご協力を頂き
心より感謝致します。
当日は晴天にも恵まれ、泉ケ丘駅も「かえるまつり」と銘打たれた祭りで賑わっておりました。
「かえるまつりを拉致被害者がかえる祭りにしよう!」 そのような願いを込めて、
拉致被害者・特定失踪者の救出を国民の皆さんに訴えました。
後半には、西村眞悟先生にも街頭活動でのご協力を頂きました。
拡声器から聞こえる、西村眞悟先生の街頭演説を聞いて、あの横田めぐみさんの実名を
初めて公開した国会質疑を思い出しました。
当時は、横田めぐみさんも政府に認定されておらず・・・失踪者・行方不明者といった扱いでありました。
あの平成9年の国会質疑から、14年の歳月が流れて地村さん夫妻、蓮池さん夫妻、
曽我ひとみさんの5人が戻ってまいりました。
しかしながら。 横田めぐみさん他、11名の政府認定拉致被害者は未だ戻らず・・
特定失踪者(1000番台)はあれだけの証拠があるのに関わらず日本政府から
拉致被害者認定を受けることが出来ておりません。
この活動も長くなるにつれ、色々と困難な事もありますが・・・西村眞悟先生の声を聞いて、
拉致被害者救出活動は、今一度、初心に戻る必要があると考えさせられる街頭活動でした。
簡単ではございますが、これをもちまして泉が丘街頭活動の感想とさせていただきます。
西村眞悟先生と眞悟の会・堺の皆さんに、心より感謝申し上げます。
そして、お忙しい中、署名・カンパにご協力いただいた国民の皆さんに、
心より感謝申し上げます。
ありがとうございます。
今後とも、ご支援とご協力を宜しくお願い申し上げます。
平成23年6月26日
大阪ブルーリボンボランティア会員
ペンネーム神鬼
【西村真悟代表「救う会・堺」代表
日本人一人一人の総意を表す事が署名である。
皆さんの総意・全国民の総意を北朝鮮に突き付けましょう。 】

【一ボランティアとして、道行く人にビラを配る西村代表】


【「大阪ブルーリボンの会」上田靖夫会長としばし談笑】

【「かえるまつり」の参加者の多くにも快く署名して頂いた。】

【この思いよ、北へ届け!】

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関ヶ原古戦場
http://www.n-shingo.com/cgibin/msgboard/msgboard.cgi?page=638
【若狭先生との待ち合わせ時間が少々あったので、
昼食も兼ねて長浜黒壁スクエアーを散策。】

【まず最初の訪問地は歴史民族資料館
しかし、月曜日は休館日】

【関ヶ原町観光案合図
各地の駐車場や案内標識板は整備されている。】

【写真の真ん中辺りの幟が立っている場所が笹尾山の石田光成陣地跡。
下から見れば大した山には見えないが・・・。】

【岐阜と鹿児島は姉妹県。
よって、鹿児島の県木のカイコウズが道路に植えられている。
これも縁。】

【笹尾山を制覇中。
駐車場から見ても大した山に見えなかったが、結構な勾配であった。】

【頂上の陣地跡。
ここから若狭先生が「第一裏切り山」、「第二裏切り山」と呼ぶ山々を含み、
戦場が見渡せる。
思った以上に狭い空間で戦いが行われた。】




【復元された正面の竹矢来。】

【駐車場には参戦した各武将のミニ幟が売られている。】

【石田光成の馬印(紋)は「大一大万大吉」という文字。
意味は「一人が万民のために、万民は一人のために尽くせば、天下の人々は幸福(吉)になれる」
らしいが、詳しくは不明とのこと。】

【今回もお世話になった「堺第一観光」さん。
この会社のバスのナンバーは全て“1”。】

【竹中半兵衛宅の前で講義を行う若狭和朋先生。
今回も関からわざわざお出でいただいた。】

【車で5分の距離にある竹中半兵衛の菩提寺にて】

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半年に 一度の大祓へです
お祓式は無料です
場所 堺市南区光明池にある美多彌神社 30日 14時。
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講演会、勉強会そして事務所に持って来ていただいた義援金を纏めまして、
6月16日、党本部に振込を行いました。
【振込票】

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大阪ブルーリボンさんが今月26日(日曜日」に泉北高速・泉ケ丘駅にて
拉致救出!街頭活動(署名&募金)を行います。
当会も地元・堺であり、ボランティアスタッフとして参加します。
お手伝いいただける方は、直接、泉ヶ丘駅に13時にお越しいただき、
お近くのスッタフに「ボランティア希望!」と声をかけてください。
終了予定は15時です。
なお、西村真悟前衆議院議員も参加予定です。
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【お知らせ】
下記にて西村真悟がパネラーとして出演します。

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書籍紹介
著書名:小村寿太郎
著者:岡田幹彦(日本政策研究センター主任研究員)
定価:1,800円

西村事務所には代議士が自宅より持ってきた書籍が本棚にわんさかとある。
会員などは事務所による度、一冊、二冊と持ち帰り読書に励む。
これはその中の一冊。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
【抜粋】
小村の真意はただ国家に尽くして死にたいといものであった。
小村は身近に接するものには幾度となく、「大和魂」という言葉を使った。
大和魂は小村そのもの、彼の精神そのものであった。
また、武士道を重んじたことは既述した。愛国心についてこう言っている。
「愛国心は忠君の至情の外に生じ得べき道はない」
愛国すなわち忠君である。明治の人々にとり、全く自然の感情だが、
天皇、皇室を尊崇し誠忠を尽くすこと、それが日本人たる道の根本であるとは
明治のすべての人々が夢寐にも忘れなかったことである。また、こう語った。
「国家に謝せよ。至尊(天皇)に忠を尽くせよ」
「天皇陛下の御心は正に民族永遠の理想の中心である。この中心を失えば
大和民族は根底において破壊されねばならぬ。欧米の歴史が日本と異なる点はここにある」
小村は真に純忠至誠の日本人であった。
国恩に感謝し天皇に忠誠を捧げること以外に小村の心はなかった。
この様な精神、信念、思想の持ち主であったから、小村は日本本位、国家本位の言うならば
真正保守主義に立ち、欧米崇拝の軽薄才子風は微塵もなかった。
小村は西洋かぶれのハイカラを蛇蝎のごとく嫌い、ある時酒をあおって、
「一体君達みたいなハイカラは・・・・俺独特の定義によるとハイカラというのはね、
物を真面目に研究や思索をしないで唯の思いつきやあるいは、
西洋かぶれのことをもっともらしく言ったり行ったりする連中をいうのだ。」と手厳しく言った。
小村はハイカラ教育を受けたが心はバンカラであった。
小村は自ら「日本の攘夷家」と公言していた。そしてこうのべた。
「世界のいずれの国か攘夷ならずして国家を保ち得る国があろうか」
小村は幕末、維新時の尊王攘夷の志士の精神を継承した明治の尊攘家であった。
明治期、西郷隆盛や吉田松陰らの心を最もよく受け継いだ政治家外交家こそ小村であったと言えよう。
こうした信念を持つ人物であればこそ伊藤、山県、桂等の決してやりえない
確固不動の鋼鉄の意思に基づく日露戦争前後の対露、対米外交を行い、
わが国の独立と安全を盤石なものとし、アメリカの満州への干渉を阻止しえたのである。
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西村真悟 論文紹介
掲載雑誌:月刊日本 6号 p.116~119
発行所:株式会社K&Kプレス
コラム名:歴史に学ぶ(四十七)
日本国憲法は「最悪法規」である

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【論文抜粋】
5月3日は、「憲法記念日」という国民の祝日である。
しかしながら、本年は極めて奇妙な日となった。
何故なら、3月11日の巨大地震と津波そして福島原子力発電所事故は、現憲法体制を
否定しなければ克服し得ない国難として、今我が国を襲っているからである。
現憲法の、「戦争はしないから軍隊は保持しない」(第9条)という体制で、
この国難を克服して国民の命を救えるとは、子供から大人まで誰一人思っていない。
同様に、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼」(前文)すれば、
日本の平和が保たれると考える者も一人もいない。
事実、自衛隊は軍隊であり、現憲法で違憲とされるが、10万人を超える自衛隊が
地震発生から現在まで、被災地で、救助・救援・復旧作業を実施している。
また、我が国がこの大災害のなかにあるとき、ロシアは西北の我が国の領空を
すれすれに軍用機を飛来させ、中国は東シナ海で我が国の領土を護る護衛艦に、
幾度となく軍艦搭載ヘリを異常接近させて威嚇している。
我が国の誰が、ロシアや中国の「公正と信義」を信頼して自分たちの生存を
保持しようと思うであろうか。
5月3日は憲法記念日だから、憲法を再認識して、東日本の被災地から
自衛隊を撤去させねばならない、とか、ロシアの軍用機には我が国の領空を
自由に飛んでもらい、中国の軍艦搭載ヘリの指示に従って我が国の護衛艦は
東シナ海から撤去すべきである、と、この日、誰か一人でも思ったのか。
もっとも、我が国の政界はネバーランドだから、絵に描いたような馬鹿が3人か5人、
もしくは7人か9人はいるかも知れない。
即ち、我々は、憲法の否定を促す国難のなかで、「憲法記念日」を迎えていたのだ。
そこで、考える。
それを遵守すれば多くの被災者を迅速に救助できず、さらに、領土を
みすみす奪われるというような憲法は、そもそも「最高法規」ではない。
「最悪法規」である。
つまり、憲法として無効である。
さらに、この度の国難が現憲法の否定を促しているとするならば、同時に、
この憲法体制のなかで育ってきた政治も同じく否定すべしと促しているのだ。
しかも、こともあろうに、この国難の時に、よりによって最も否定されるべきものの極めつけ、
つまり、「現憲法の優等生」である、民主党と菅直人という御仁が内閣にいる。
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日本復活救国講演会―福島第一原発事故の実状
◎福島を守ることは、日本を守ることである◎
先月末、河内国民文化研究会主催(会長:三宅博「たちあがれ日本」大阪府第十四選挙支部長)の講演会が高田純札幌医科大学教授をお招きして、八尾プリズムホールで開催された。
第一原発は事故を起こしたが、そこから15㎞、車で30分の距離にある福島第二原発は現在、
M9の地震、津波に耐えた。
今考えるべきは現存する原発の安全性をいかに高めるかである。
【主催代表として挨拶を行う三宅博前八尾市議
「人災を最小限抑えなければならないが、菅がその最大の障害となっている。まず、行わなければなら ないのは瓦礫の撤去であるが、遅々として進んでいない。
しかし、民主党を選んだのは国民である。即ち、政治責任は全て国民に返ってくる。
国民は政治の当事者である。】

【講演を行う高田純札幌医科大学教授。
専門は被曝医療医療、線量評価、放射線防護
“福島は低線量事象で放射線リスクは無視できるくらいに小さい。”
政府、メディアは広島・長崎から何も学んでいない。
高田教授は自著「核と刀」に沿って講演を進められたが、
現在の先進医療では核なしでは成立しないらしい。
例えば、PET診断では造影の為、億ベクレル単位の注射をするという事である。
火力発電の元は化石燃料で、日本には輸入に頼るしかない。
今後、世界で人口爆発が起きると言われているが、そうなると食糧とエネルギーの争奪戦が起きる。
日本が化石燃料のシーレーンを確保するのも重要だが、それは化石燃料が確保できると言う仮定の
話である。
それを考えれば、原子力発電は今後とも日本にとって大きなウエイトを占めることになり、
テロ対策を含めた、より安全な原発運用を考えるべきではないか。】



【来賓として挨拶を行う西村真悟前衆議院議員
スイス政府発行の「民間防衛」を読み、そして本日、高田教授の話を聞いて全ての謎が解けた。
今後、全てが明らかになっていくだろう。
東北、日本の再興は原発が生み出す電力なしでは不可能である。
管直人は飯館村人6,000名の非難所の用意もせず強制的に避難をさせた。
必ず、原発以上の人災が村民に降りかかる。
そして、遺体は放置したまま、ペットの保護団体には犬猫保護の為、立入禁止区域に入ることを
認めている。菅は倒さなければならない。】

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論説委員の皿木さんだが、蕎麦屋さんの落語と浪曲の会でお見かけしたことがある。
代議士とは懇意にされおり、以前、「明治維新は堺から始まった」という論説を
当ブログで紹介したことがある。 (確か大学の寮の先輩・後輩の中だったと思う。)
◎ms産経より
【風の間に間に】論説委員・皿木喜久 受け継がれる「慈民」の心
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110531/imp11053103330001-n1.htm
2011.5.31 03:33
大阪府堺市の仁徳陵古墳は今、新緑におおわれ、一年でも最も美しい季節を迎えている。
近くに住む友人からそう、便りがあった。
5年ほど前、大阪勤務時代に取材で何度か足を運んだ。
学問的には異論もあるが、第16代仁徳天皇の御陵とされてきたこの古墳の大きさには参った。
全長486メートル、歩いて一周しようとして、絶望的な気持ちになった記憶がある。
誰が何のためにこんな大きなお墓を造ったのだろう。
モノの本によると、被葬者でもある権力者の権威を示すため、多くの民衆を使役した。
たいていはそう書いている。
だが取材した当時の堺市博物館学芸課主幹、樋口吉文さんの見解は全く違い、新鮮だった。
「古墳は一人が簡単に持てるほどの土を、長い歳月かけて積み上げています。
強制的に大がかりな土木工事をした形跡はありません」
民衆一人一人の自発的で献身的な作業で造った。
「一種の宗教行為だったと思います。自分たちの幸せを守ってくれた人を守るんだという」と語っていた。
この話がリアリティーを持つのは日本書紀に描かれた仁徳天皇像があるからだ。
天皇が難波の高津宮の高殿に上ると、どこからも食事を作るかまどの煙が見えない。
「民はそこまで窮乏しているのか」と嘆き3年間課役を免除する。
自らも一切のぜいたくを断ち、宮殿は荒れるにまかせた。
3年後再び高殿に立つと煙が見える。
喜ぶ天皇に皇后が「宮殿はこんな状態なのに」と言うと
「民が豊かになるのが私が豊かになることだ」と答えた。
戦前の教育を受けた人なら、よく知っている「民のかまど」である。
だがこうした「慈民伝承」は仁徳天皇のものばかりではない。
第66代一条帝は清少納言や紫式部らを輩出、いわゆる「王朝文化」が花開いた
平安中期の天皇である。その一条天皇が寒い夜、寝具を使わずに寝ておられる。
藤原道長の娘で紫式部が仕えた中宮・彰子がその訳を尋ねると、
「日本国の人民が寒かろうに、私だけ暖かく気持ちよく寝ては心が痛む」と答えた。
彰子自身が語ったとして関白、藤原忠実の筆録集『中外抄』などに見られる逸話である。
16世紀前半、戦国時代後期の第105代後奈良天皇は、疫病がはやり
洪水や飢餓で民が苦しむと、般若心経を諸国の寺社に納めるなどして、安らかなることを祈った。
国民もそうした帝の心に対し、一人一人の力で御陵を造ったように、感謝の気持ちを示そうとした。
支配-被支配といった歴史観だけでは決して理解できないつながりである。
それが日本の長い歴史を支えてきたことは間違いなかろう。
今回の大震災で天皇陛下は皇后さまとともに、被災地や避難所を何回も激励に回られた。
そればかりではない。原発事故で計画停電が行われると、3月の寒さの中、
暖房を止めロウソクに灯をつけ、自ら停電生活を送られた。
戦後の苦難の時期に、学校の教室などに宿泊しながら、全国を巡幸し国民を励まされた
昭和天皇同様、歴代天皇の「慈民」の心をしっかり受け継いでおられるのだ。
国民の方も改めてそのことを思い出したに違いない。
その心の交わりが生きている以上、どんな国難もしのぐことができる。
そう感じた「震災後」である。
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平成23年5月22日西村事務所に於いて、豪雨の中50余名の参加者を迎え、
会員限定の勉強会が行われた。
この国難の時期、我々国民が成すべき事を、講師である西村真悟代表及び
池尻議員からの一方的な提言では無く、参加者各位からの積極的な質問に
一つ一つ真摯に答えられた両先生の姿に我が国の進むべき姿が見えた。

西村真悟前衆議院議員
我が国の救国の危機管理は天皇に寄って乗り越えて来た。
昭和天皇の開戦の詔書・終戦の詔書及び3月16日に発せられた
今上天皇の御言葉は、全て統治者としての立場で発せられている

バッチを付けた者が、当たり前の事を言える世の中に成って行かなければならない。
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「真悟の会・堺」〒599-8272 大阪府堺市中区深井中町1253-1 深井諏訪ビル401 西村真悟・堺事務所内 「真悟の会・堺」
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